静岡地方裁判所 平成8年(ワ)165号 判決 1999年11月25日
原告
佐々木順治
右訴訟代理人弁護士
渡辺昭
同
大橋昭夫
同
阿部浩基
被告
三菱電機株式会社
右代表者代表取締役
谷口一郎
右訴訟代理人弁護士
牧田静二
同
祖父江史和
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一億五七九四万六一一八円及びこれに対する昭和六〇年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、非外傷性の脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血及びこれに続発ないし併発した急性硬膜下血腫(以下、右くも膜下出血及び急性硬膜下血腫を併せて「本件疾病」という。)を発症した原告が、右発症は、被告の安全配慮義務違反によるものであるとして、被告に対し、民法四一五条に基づき、損害賠償を求めている事案である。
一 前提となる事実(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)
1 当事者
(一) 被告は、各種電気機械器具の製造及び販売等を目的とする会社である(弁論の全趣旨)。
(二) 原告(昭和三年九月六日生)は、昭和三二年二月二一日、被告に入社し、平成元年二月二〇日、被告を定年退職した者である(<証拠略>、弁論の全趣旨)。
2 原告の業務内容等(<証拠略>、弁論の全趣旨)
(一) 原告は、被告静岡製作所において、主に動力保全業務を行ってきたが、昭和五三年一〇月一六日付けで、被告の子会社である訴外菱電不動産株式会社(以下「菱電不動産」という。)名古屋支店静岡出張所(その後、静岡営業所に名称が変更した。以下「静岡営業所」という。)に出向を命ぜられた。
(二) 静岡営業所は、被告静岡製作所の寮・社宅等の管理営繕業務等を目的として、昭和五三年一〇月に開設された営業所である。
昭和六〇年四月一日当時、同営業所には、訴外片岡正三郎所長統括の下、管理グループ、業務サービスグループ、施設サービスグループ、住宅管理営繕グループ、環境整備グループ、給食グループの六つのグループがあり、八三名の従業員(男子二一名、女子六二名)が稼働していた。
始業時刻は午前八時一五分、終業時刻は午後五時であり、午後零時から同四五分までは休憩時間とされていた(したがって、実労働時間は八時間)。また、毎週土曜日と月曜日が休日とされていた(週休二日制)。
(三) 原告は、静岡営業所において、住宅管理営繕グループと環境整備グループに所属し、住宅管理営繕グループでは寮社宅サービスセンター長を、環境整備グループでは主任をそれぞれ務めていた(いずれも、グループリーダーを兼任する所長に次ぐ地位)。
(四) 住宅管理営繕グループと環境整備グループの業務内容は、次のとおりであった。
(1) 住宅管理営繕グループでは、主に被告静岡製作所の寮・社宅等の管理営繕業務(補修個所の調査点検、補修計画の立案、予算の作成等)を行っていた。なお、昭和六〇年四月一日当時の被告静岡製作所の寮・社宅等には、<1>富士見荘(出張者宿泊用及び接待用・一棟一五室)、<2>菱静寮(女子独身寮及び研修センター・二棟九〇室)、<3>池田寮(男子独身寮・三棟一四五室)、<4>曲金アパート(集合住宅・五棟九六戸)、<5>北安東アパート(集合住宅・四棟二四戸)、<6>個建社宅(静岡市八戸、清水市一戸、藤枝市四戸、焼津市一戸)、<7>芙蓉荘(健保会館)があった。
(2) 環境整備グループでは、主に被告静岡製作所構内の環境整備(構内トイレ、体育館、構内にある寮(富士見荘、菱静寮、池田寮)等の清掃や、構内緑地の管理等)を行っていた。
(五) 原告の主な業務内容は、次のとおりであった。
(1) 住宅管理営繕グループの業務内容
前項の被告静岡製作所の寮・社宅等を、月に一回程度、定期的に巡回し、建物の外回り、付属設備、共用部分等の補修個所を調査点検する。そして、軽易な補修作業は自ら行うが、そうでない場合は、修理業者に修理を発注し、工事に立ち会い、検収する。また、寮・社宅等の居住者から修理要請を受けた場合にも、別途、補修作業を行う。そのほか、補修計画の立案、年二回の予算の作成、入居者への入居説明、入退去に伴う電気、ガス、水道等の契約処理等を行う。
(2) 環境整備グループの業務内容
被告静岡製作所構内を清掃するパートタイマー等を指揮監督する。また、同構内の緑地の消毒、剪定、整枝、芝刈り、除草等を現に行うほか、これらを行うパートタイマー等を指揮監督する。そのほか、消耗品や道具類等の必要資材の調達、個建社宅の緑地管理等を行う。
3 原告の血圧値の推移等(単位は省略する。)
(一) 被告で行われていた健康診断の結果によれば、原告の昭和五〇年度以降の一次検査における血圧値の推移は、次のとおりであった(<証拠略>、弁論の全趣旨)。
実施年度 拡張期・収縮期
昭和五〇年度 一一〇・一五〇
五一年度 一〇〇・一四〇
五二年度 九〇・一三〇
五三年度 一〇〇・一三〇
五四年度 一一〇・一六〇
五五年度 一〇〇・一三〇
五六年度 一〇〇・一四六
五七年度 一〇二・一五四
五八年度 一〇二・一五六
五九年度 一〇二・一七六
(二) 全米合同委員会による高血圧治療指針(一九八四年)によれば、高血圧の分類は、次のとおりとされている(<証拠略>)。
(1) 拡張期
八五未満は、正常血圧
八五以上、八九以下は、正常血圧(やや高め)
九〇以上、一〇四以下は、軽症高血圧
一〇五以上、一一四以下は、中等症高血圧
一一五以上は、重症高血圧
(2) 収縮期
一四〇未満は、正常血圧
一四〇以上、一五九以下は、境界型収縮期高血圧
一六〇以上は、収縮期高血圧
4 本件疾病の発症
原告は、昭和六〇年六月七日、業務を終え、自家用自動車を運転して帰宅する途中、本件疾病を発症した。
5 その後の経緯(<証拠略>、弁論の全趣旨)
原告は、本件疾病の発症により四肢麻痺等の後遺障害が残り、妻である訴外佐々木十九代らによる付添介護が必要な状態にある。
二 争点
1 被告は、原告に対し、本件疾病の発症について、安全配慮義務違反に基づく責任を負うか。
2 原告の損害
3 消滅時効の成否
4 過失相殺の可否
三 争点に対する当事者の主張の要旨
1 争点1(被告は、原告に対し、本件疾病の発症について、安全配慮義務違反に基づく責任を負うか)について
(原告の主張)
被告は、出向従業員である原告に対し、出向先の業務によって疾病を発症しないよう配慮すべき労働契約上の義務(安全配慮義務)を負っているところ、次の安全配慮義務違反により、本件疾病を発症させた。
(一) 加(ママ)重な業務の放置
(1) 原告は、被告静岡製作所において、長年にわたって外回りのない動力保全業務等を行ってきたが、五〇歳という高齢のときに、静岡営業所において、外回りのある慣れない不動産管理業務等を行うよう命ぜられた。
当初、同営業所には、所長と原告しかおらず、原告は、所長と二人だけで不動産管理業務等を行っていたが、同営業所の業務内容が次第に拡大したことに伴って原告の業務内容も拡大し、本件疾病発症当時は、同営業所の業務の八割を占める不動産管理部門の責任者、かつ、事実上、所長に次ぐ第二位の立場として、業務を行っていた。
(2) 原告の主な業務内容は、前記前提となる事実2(五)のとおりであるところ、原告は、このような極めて多岐にわたる、無定量で、かつ、精神的及び肉体的ストレスの蓄積する加(ママ)重な業務を継続して行ってきた。
原告は、通常、午前七時四〇分ころに静岡営業所に出社し、始業時刻前に当日の作業内容の準備等を行っていたほか、日中は、前述した加(ママ)重な業務を行い、昼食も満足に取ることができなかった。さらに、午後七時三〇分ころまで残業することが度々あったほか、帰宅後も、パートタイマーや修理業者からの電話の応対、補修計画の立案、書類の整理、業務上必要な造園関係の勉強等を行っていた。
また、被告静岡製作所構外における作業で、作業現場が遠方にあるような場合には、夜中に帰宅することも度々あったほか、月に二、三回くらい、夜間に寮・社宅等の居住者から緊急の修理を要請され、補修作業のために寮・社宅等に赴いた。そして、この作業は、一回あたり二ないし三時間ほどかかったが、残業時間に計算されなかった。
さらに、原告の業務内容には、被告静岡製作所の休日時にしか行うことができないものがあったため、多数の休日出勤を余儀なくされた。実際、本件疾病発症前の一年間では、一一九日の休日のうち、六三日も出勤した。また、本件疾病発症前の二か月間では、休日をわずかに四日しかとることができず(四月一六日、二八日、五月一一日、一二日)、ゴールデンウイーク期間中も出勤した。
そのほか、原告は、毎月下旬、従業員向けにするめやハム等を販売する業務を行っており、これらの物品は返品が許されないため、大きな精神的負担となった。
(3) 原告は、昭和六〇年四月二二日以降は、ほぼ毎日、約二時間の残業を行ったほか、帰宅後も、前述したような仕事を約二時間くらい行った。また、同年五月九日には、夜間出勤もした。
また、原告は、同年六月一日から二日にかけて、気がすすまなかったにもかかわらず、東伊豆方面への静岡営業所の親睦旅行に参加した。この旅行には、静岡営業所に出向してきた訴外会社の従業員四名が参加し、また、被告からも資金援助があるなど、業務を円滑に遂行する目的があった。そして、原告は、所長の指示を受けて、旅行の日程作りや旅行業者との折衝、あるいは旅行終了後の会計報告等を行い、精神的あるいは肉体的ストレスを蓄積した。
さらに、原告は、被告静岡製作所の文化系クラブである川柳部に所属し、その部長を務めていたところ(なお、クラブ活動は、被告において、労務管理上、重要な位置付けを与えられていた。)、本件疾病が発症した日の昼休み、同じ部に所属する訴外吉村弘行らから、被告静岡製作所の共済会である静菱会から川柳部に交付される援助金の使途について激しく詰問されるというトラブルに遭遇し、大きな精神的負担を受けた。
(4) このように、原告は、静岡営業所において、不動産管理部門の責任者、かつ、事実上、所長に次ぐ第二位の立場として、長年にわたって、極めて多岐にわたる、無定量で、かつ、精神的及び肉体的ストレスの蓄積する加重な業務を行ってきたものであり、このような加(ママ)重な業務によるストレスや、業務と密接な関係を有する親睦旅行や川柳部のトラブル等によるストレス等が相まって、本件疾病を発症したものである。
ところが、被告は、原告がこのような加(ママ)重な業務を行っていることを知っていたのに、あるいは容易に知りうる状態にあったのに、これを放置した。
したがって、被告は、原告に対し、安全配慮義務違反に基づく責任を負うというべきである。
(二) 健康管理の懈怠(被告の産業医の過失)
(1) 前記前提となる事実3の原告の血圧値の推移等によれば、原告の血圧値は、昭和五〇年ころから高血圧状態にあり、昭和五五年度からは悪化の一途をたどっていた。
また、被告の健康診断における昭和五八年一〇月一九日の心電図では、明らかな高血圧症肥大心の特徴が認められていた。そして、昭和五九年一〇月二九日の心電図では、その特徴がより顕著に認められたはずである(原告は、昭和五九年の心電図の文書提出命令を求めたが(平成八年(モ)第八六四号)、被告は、不存在を理由として、これに応じなかった。この事情は、弁論の全趣旨として考慮されるべきである。)。
さらに、胸部レントゲン写真による高血圧症の評価は、心胸郭比(心臓の直径と胸郭の比のことであり、五〇パーセント以下が正常、五〇パーセント以上が心臓肥大とされる。)と胸部大動脈の陰影の拡大の程度によって行われるところ、被告の健康診断における胸部レントゲン写真によれば、心胸郭比は、昭和五九年九月二四日の写真で五二パーセント、同年一〇月二九日の写真で五六パーセントであり、明らかに高血圧性変化による心臓肥大を示していた。また、胸部大動脈の陰影も、昭和五七年の写真で、すでに拡大しており、その傾向は、昭和五九年一〇月二九日の写真で、より顕著なものとなっていた。
(2) このように、原告は、昭和五〇年ころから高血圧状態にあり、昭和五五年ころからは悪化の一途をたどっていた上、昭和五八年、五九年ころには、心電図や胸部レントゲン写真においても明らかな高血圧性変化が認められていたものである。
ところが、被告の産業医は、原告に対し、高血圧症であることを告げなかったばかりか、その改善のための措置もとらず、特に、訴外清水善男医師(以下「清水医師」という。)は、昭和五八年、五九年の心電図や胸部レントゲン写真によって認められる高血圧性変化を看過し、高血圧症改善のための措置(特に降圧剤の投薬)をとらなかったものである。このことは、原告の個人健康管理台帳の昭和五一年度の欄に「異常なし」と記載されていること(ただし、この記載は、その後抹消され、かわりに「再検こない」と記載されたと推測される。)、昭和五二年度の欄にも「異常なし」と記載されていること、昭和五三年度の欄には「再検こない」と記載されていること、昭和五九年度の欄に高血圧症と記載されていないこと、同年度の医師の指示・就業の注意事項欄に何も記載されていないこと等からも明らかである。
原告は、このような被告の産業医の過失により、本件疾病発症直前には高血圧心臓病と確定診断しうる状態にまで高血圧症が悪化し、その結果、前述した加(ママ)重な業務等と相まって、本件疾病を発症した。
したがって、被告は、原告に対し、安全配慮義務達反に基づく責任を負う。
(被告の主張)
(一) 被告に安全配慮義務違反はない。
(1) 加(ママ)重な業務の放置について
ア 原告が静岡営業所で行うことになった不動産管理業務は、それまで原告が行っていた構内動力設備及び建物設備の保全業務と、建物設備の保全業務という点で類似しており、全く異質ではなかった。
そして、静岡営業所の業務内容が次第に拡大したことは原告の主張するとおりであるが、原告の業務内容がこれに伴って拡大したということはなく、また、静岡営業所において、職制上、所長に次ぐ第二位の立場にある者は、原告ではなかった。
イ 原告は、特にノルマ等も課されることなく、必要に応じて、自己の判断の下にマイペースで業務を行うことができ、また、そのほとんどを部下である訴外宮田逸雄(以下「宮田」という。)と共同で行っていたから、到底、加(ママ)重な業務であったとはいえない。
そして、原告が、通常、午前七時四〇分ころに出社していたのはそのとおりであるが、これは通勤時間帯の交通混雑を避けるためであり、始業時刻以前は同僚らと雑談するなどして過ごし、業務に就くことはなかった。また、昼食も満足に取ることができなかったということもなかったし、通常は、残業をすることもなく、午後五時すぎころに帰宅していた。
また、寮・社宅等の居住者から、夜間に緊急の修理要請を受けることは年に一、二回ほどしかなかったし、宮田が静岡営業所に出向してきた昭和五七年一二月一六日以降は、その対応は宮田が行っていた。
さらに、原告が、本件疾病発症前の一年間で、一一九日の休日のうち、六三日出勤したのはそのとおりであるが、これは、原告の業務内容上、やむを得ないものであったし、休日出勤といっても、勤務したのは半日だけという日も多くあった上、原告は、二〇日の年次有給休暇を取り、その結果、年間で合計七六日の休日を取っていたから(したがって、少なくとも週一日は休日であった計算となる。)、決して加(ママ)重な業務であったとはいえない(なお、当時の労働基準法における就業時間は週四八時間であり、週一日の休日付与が一般的であった。)。
また、本件疾病発症前の一年間における原告の残業時間(平日の終業時刻後に業務を行った時間であり、休日出勤はこれに含まれない。)は、合計五八・五時間であり、月平均にするとわずか四・九時間しかなく、残業時間も一日二時間までというのが通常であった。
ウ 原告が参加した東伊豆方面への静岡営業所の親睦旅行は、同営業所のパートタイマーを除く全従業員(当時は二三名)で構成される共済会の行事であり、希望者のみが参加する、業務とは無関係のものである。親睦旅行には、被告や菱電不動産の福利厚生費から補助費が出るが、費用の大半は参加者個人が負担する。原告は、親睦旅行で、他の一名とともに幹事を務めたが、宿泊先の予約程度の仕事をしただけであり、これが負担になったとは考えられない。また、旅行の日程も無理のないものであったし、原告は、旅行中、終始、飲酒、飲食を楽しんでおり、特に不調を訴えるようなこともなかった。
また、川柳部の関係で原告が何らかの精神的負担を受けたことがあったとしても、被告静岡製作所におけるクラブ活動は、同製作所の従業員で構成される静菱会におけるものであって、被告は、何らこれに関与していないから、業務とは無関係である。
エ 以上によれば、原告の業務が加(ママ)重でなかったことは明らかであるから、被告に加(ママ)重な業務を放置したとの安全配慮義務違反はない。
(2) 健康管理の懈怠について
ア 被告は、従業員に対し、定期的に健康診断を実施している。従業員は、被告静岡製作所総務部勤労課診療所から健康診断実施通知を送付され、指定された日時に診療所に出頭し、自己の健康管理台帳を受理して、各検査項目を受診し、全項目の検査後に産業医の問診を受ける。
従業員は、受診の際に健康管理台帳を確認することで、過去の自己の健康状態を確認することができ、かつ、問診の際に必要な指示を受けることができる。産業医は、検診結果を確認し、必要に応じて再検査を指示するとともに、これらの検査結果を総合的に判断した上、従業員に対して必要な指示を与えている。さらに産業医は、従業員の健康診断の結果、就業上の配慮を行う必要がある場合には、その従業員の所属する部門の管理者及び安全衛生管理部門に状況を説明し、必要な措置を取っている。また、健康診断の結果も、従業員に通知している。
イ 被告の産業医である清水医師は、原告の状態を軽度の高血圧症と考えたが、眼底所見等を総合しても、降圧剤の投薬を必要とするほどの状態ではないと判断し、総合所見を「管理区分2」の要観察として、原告に対し、日常生活上の節煙、節酒等を指示し、血圧値について繰り返し計測を行って血圧値に注意するように指導した。
ウ したがって、被告に原告の健康管理を懈怠したとの安全配慮義務違反はない。
(二) 因果関係の不存在
一般に、非外傷性のくも膜下出血等の脳血管疾患は、その発症の基礎となる血管病変が、加齢や日常生活における諸種の要因によって自然経過の中で増悪して発症するものがほとんどであり、通常は、業務が直接その要因となるものではない。したがって、そのような疾病が業務によって発症したというためには(すなわち業務起因性が認められるためには)、医学経験則上、血管病変が、業務によって、自然経過を超えて急激かつ著しく増悪した結果、疾病が発症したと認められることが必要である。
本件では、前述したとおり、原告の業務は加(ママ)重でなかったことが明らかであるから、本件疾病の発症に業務起因性は認められない。かえって、原告は、軽度の高血圧症であり、被告の産業医から注意を受けていたにもかかわらず、ウイスキーの水割りまたはお湯割りを晩酌として飲み、時には寝酒も飲み、また、たばこも一日一箱(二〇本)喫煙したりしており、本件疾病は、このような原告の事情や、加齢、日常生活における諸種の要因によって脳動脈瘤が自然経過の中で増悪して発症したものと認められる。
したがって、被告は、原告に対し、本件疾病の発症について、安全配慮義務違反に基づく責任を負わない。
2 争点2(原告の損害)について
(原告の主張)
(一) 入院雑費(一二〇万円)
一日あたり一二〇〇円として、少なくとも一〇〇〇日分
(二) 休業損害(一三九三万一二二八円)
本件疾病発症前である昭和五九年の原告の年収は、六二六万九七〇六円であったところ、本件疾病の発症により、原告の年収は、昭和六〇年が五八六万一四六二円、昭和六一年が二三二万四三六二円、昭和六二年が一四九万九六三〇円、昭和六三年が一四六万二一四二円となった(なお、原告は、平成元年二月二〇日、被告を定年退職した。)。したがって、右差額分が休業損害となる。
(三) 家屋改造費(四五〇万円)
原告は、本件疾病により、四肢麻痺等の後遺障害が残ったため、在宅介護のために家屋を改造し、少なくとも四五〇万円を支出した。
(四) 後遺障害による逸失利益(四三八八万七九四二円)
原告は、定年退職後、本件疾病を発症しなければ、六七歳になるまでの七年間、再就職して稼働することができ、本件疾病発症前と同程度の年収を得ることができた。したがって、後遺障害による逸失利益は、次のとおりとなる。
六二六万九七〇六円×七=四三八八万七九四二円
(五) 付添介護費用等(六〇四二万六九四八円)
(1) 職業付添人費用等
原告は、本件疾病の発症により約三年間入院し、その間、職業付添人の付添費用及び差額ベッド費用として、一か月あたり六〇万円を支出した。
六〇万円×一二×三=二一六〇万円
(2) 訴え提起時までの近親者付添介護費用
原告は、自宅において、妻である訴外佐々木十九代の二四時間介護を受ける必要があり、その費用は、訴え提起時までの約七年間にわたって、一日あたり五〇〇〇円が相当である。
五〇〇〇円×三六五×七=一二七七万五〇〇〇円
(3) 将来の近親者付添介護費用
原告は、今後とも妻の介護を受ける必要があり、その費用は、平均余命期間である一五年間にわたって、一日あたり六五〇〇円が相当である(なお、新ホフマン方式により、中間利息を控除した。)。
六五〇〇円×三六五×一〇・九八〇八=二六〇五万一九四八円
(六) 慰謝料(二〇〇〇万円)
本件疾病の発症によって原告が被った精神的苦痛を慰謝するには、少なくとも二〇〇〇万円が相当である。
(七) 弁護士費用(一四〇〇万円)
(八) まとめ
よって、原告は、被告に対し、民法四一五条(安全配慮義務違反)に基づき、一億五七九四万六一一八円及びこれに対する本件疾病が発症した日の翌日である昭和六〇年六月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3 争点3(消滅時効の成否)について
(被告の主張)
本件訴えが提起されたのは、本件疾病が発症した昭和六〇年六月七日から一〇年以上経過した平成八年三月二二日であるから、原告の主張する損害賠償請求権は、時効により消滅している。
(原告の主張)
本件のように後遺障害が残った事案においては、損害賠償請求権の消滅時効は、症状が固定した日から起算すべきである。そして、本件疾病による原告の症状が固定したのは、平成二年一一月三日であるから(<証拠略>)、消滅時効は成立していない。
4 争点4(過失相殺の可否)について
(被告の主張)
本件疾病は、原告が自主的に定期的な検診を受けなかったことや、禁酒や禁煙、あるいは塩分摂取量の制限をしなかったことなど、もっぱら原告自身が自らの健康管理を怠った過失によって発症したものであるから、過失相殺がなされるべきである。
(原告の主張)
本件疾病の発症について、原告が自らの健康管理を怠った過失はない。
第三争点に対する判断
一 争点1(被告は、原告に対し、本件疾病の発症について、安全配慮義務違反に基づく責任を負うか)について
1 加(ママ)重な業務の放置について
(一) 前記前提となる事実に証拠(<証拠・人証略>)と弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 被告静岡製作所において、主に動力保全業務を行っていた原告は、同製作所の寮・社宅等の水道の水漏れ等の補修作業を行ったことがあったところ、昭和五三年一〇月、五〇歳のときに、右の寮・社宅等の管理営繕業務を主たる目的として開設された静岡営業所に出向するよう命ぜられた。
開設当初の静岡営業所の業務内容は、<1>被告静岡製作所の寮・社宅等の管理営繕業務、<2>同製作所構内の清掃業務、<3>同製作所の社内報等の集配業務等であり、<1>の業務を所長と原告の二人が、<2>、<3>の業務を他の出向従業員及びパートタイマーが行っていた。
原告は、開設後間がなく、まだ十分設備が整っていない静岡営業所において、従前行ったことがある水道の水漏れ等の補修作業のほか、経験のない補修作業及び不動産管理全般にわたる業務等を行うようになり、持ち前の真面目な性格もあって、熱心にこれらの業務を行い、やりがいも感じていた。
(2) その後、静岡営業所は、次第に業務内容が拡大し、昭和六〇年四月一日時点において、管理グループ、業務サービスグループ、施設サービスグループ、住宅管理営繕グループ、環境整備グループ、給食グループの六つのグループが存在し、従業員数も八三名(ただし、そのうち四〇名はパートタイマー)に増加した。原告の業務内容も、被告静岡製作所構内の緑地管理等の業務が加わったが、パートタイマーの増員等によって対応され、原告自身の負担が特に増大したというわけではなかった(この点につき、原告は、原告の業務内容は静岡営業所の業務内容の拡大に伴って拡大した旨主張し、これに沿う証拠(<証拠略>)もあるが、前掲証拠に照らし、採用できない。)。
(3) 原告は、静岡営業所において、住宅管理営繕グループの寮社宅サービスセンター長、かつ、環境整備グループの主任として、前記前提となる事実2(五)のとおりの業務を行っていた(この点につき、原告は、原告が静岡営業所の業務の八割を占める不動産管理部門の責任者であった旨主張するが、これを認める証拠はない。なお、静岡営業所において、職制上、所長に次ぐ第二位の地位にある者は、原告ではなく、訴外高橋正市であった。)。
原告は、被告静岡製作所の寮・社宅等の補修個所の調査点検及び軽易な補修作業(定期的なものだけでなく、臨時のものも含む。)、同製作所構内の緑地の消毒、剪定、整枝、芝刈り、除草等の緑地管理等の業務を、もっぱら部下である宮田と共同で行い、その他の修理業者への修理の発注、補修計画の立案、予算の作成等の不動産管理業務、被告静岡製作所構内の清掃や緑地管理を行うパートタイマー等の指揮監督等を一人で行っていた。
これらの原告の業務は、必要に応じて適宜に行われるものであり、全ての業務が日常的になされていたわけではなく、また、ノルマ等もなかったことから、原告は、これらの業務を自己のペースで行うことができた。
もっとも、原告は、被告静岡製作所の寮・社宅等の居住者から夜間等に緊急の修理を要請されることもあったが、それは、多くても年に二、三回程度であった(この点につき、原告は、月に二、三回くらい夜間出勤があり、また、これは残業時間に計算されなかった旨主張し、これに沿う証拠(<証拠略>)もあるが、前掲証拠に照らし、採用できない。)。
(5)(ママ) 原告は、通勤時間帯の交通混雑を避けるため、午前七時四〇分ころに自家用車で静岡営業所に出社し、時には、始業時刻である午前八時一五分より前から当日の作業内容の準備等を行うこともあったが、日常的にそのようにしていたわけではなく、始業時刻まで職場の同僚と雑談するなどして過ごすこともあった。また、昼食も満足にとることができないほど、業務が忙しかったということもなく、時には、終業時刻である午後五時以降に約二時間程度の残業をすることもあったが、通常は、残業をすることなく、退社していた(この点につき、原告は、業務が多忙であったため、早朝出勤を余儀なくされ、昼食も満足にとることができず、約二時間ほど残業して帰宅した後も、様々な業務を行わざるを得なかった旨主張し、これに沿う証拠(<証拠・人証略>)もあるが、前掲証拠に照らし、採用できない。)。
なお、本件疾病発症前の一年間における原告の合計残業時間は、約五八・五時間(一か月あたり平均して約四・九時間)であった。
(6)(ママ) 原告の業務の中には、被告静岡製作所の業務時間中(すなわち平日)にはできないものがあったため、原告は、休日出勤をして、これらの業務を行っていた。ただし、その代わりに原告は、年次有給休暇を取っていた。
なお、原告は、本件疾病発症前の一年間に、所定休日日数一一九日のうち、六三日出勤し、その代わりに年次有給休暇を二〇日取っていた。
(二) 以上の認定事実によれば、原告は、五〇歳のときに、開設されたばかりで設備も十分でない静岡営業所に出向し、経験のある水道の水漏れ等の補修作業だけでなく、経験のないその他の補修作業や不動産管理業務一般を行うよう命ぜられ、被告静岡製作所の寮・社宅等の営繕管理のほか緑地管理、パートタイマーの管理等多岐にわたる業務を行ってきたほか、その業務の性質上、休日出勤や夜間出勤を余儀なくされていたこと等が認められるが、他方で、原告が行っていた個々の業務の内容は、一般の就労と比較して決して重労働とはいえないこと、原告の業務は、確かに、夜間等に不定期に緊急な処理を求められることもあったが、通常は、必要に応じて適宜に行われれば足り、ノルマ等もなく、原告は、これらの業務を自己のペースで行うことができた上、その一部については部下の宮田と共同で行っていたこと、原告の業務は、多忙をきわめるといったものではなく、通常は、ほぼ所定労働時間内に業務を終了することができた上、残業時間も一日に多くて二時間程度であり、その合計時間も本件疾病発症前の一年間で約五八・五時間と決して多いとはいえないこと、原告は、その業務の性質上、休日出勤を余儀なくされることも多かったが、その場合には、年次有給休暇を取ることができたこと、原告の夜間出勤の回数は、多くて年に二、三回であり、極めて稀にしかなかったこと等が認められ、これらの事実を総合すれば、原告の業務が安全配慮義務違反と評価できるほど加(ママ)重な業務であったとは到底認めることができない(なお、原告は、毎月下旬に、原告が行っていた従業員向けの物品販売がストレスの蓄積するものであった旨主張し、これに沿う証拠(<証拠略>)もあるが、仮にそのような事実が認められたとしても、前記判断を左右するものではない。また、原告の主張する東伊豆方面への親睦旅行及び川柳部でのトラブルは、原告の業務そのものとはいえず、かつ、業務と密接な関係にあるとも認められない(弁論の全趣旨)から、これについても前記判断を左右するものではない。)。
以上によれば、被告が加(ママ)重な業務を放置したことをもって、被告に安全配慮義務違反があるとする原告の主張は、その前提において理由がない。
(三) なお、右の原告の主張は、高血圧症である原告にとって「加(ママ)重な業務」であったという意味にも解することもできるところ(このように解すると、健常な従業員にとって「加(ママ)重な業務」といえない場合でも、高血圧症の程度如何によっては、原告にとり「加(ママ)重な業務」であったといえる場合がありうる。)、単に高血圧症といっても、業務内容の制限等の業務上の配慮が必要とされるほど重篤なものから、日常生活上の一般的な注意で足りる軽度なものまで様々であり、また、従業員が、高血圧症であるか否か、高血圧症である場合にはどの程度のものかといったことは、使用者に容易に判明する事柄でもないから、原告がそのような意味で被告の安全配慮義務違反を主張する場合には、高血圧症である原告にとって「加(ママ)重な業務」であったことを主張立証するだけでは足りず、<1>原告の高血圧症が、業務上の配慮を必要とする状態であり、かつ、<2>被告がこれを知っていたことまで、主張立証しなければならないと解するのが相当である。
しかしながら、本件においては、後に認定するように、右<2>の事実を認めることができないから(<1>の事実については、次の健康管理の懈怠(被告の産業医の過失)で検討する。)、仮に、原告が、前記の意味を含めて、被告に安全配慮義務違反があると主張していたとしても、右主張は理由がない。
2 健康管理の懈怠(被告の産業医の過失)について
(一) 証拠(<証拠・人証略>)と弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 被告は、従業員に対し、労働安全衛生法に基づく健康診断を定期的に実施している。
従業員は、被告静岡製作所総務部勤労課診療所から健康診断実施通知を送付され、指定された日時に右診療所に赴き、自己の健康管理台帳を受理して、各検査項目を受診し、全項目の検査後に被告の産業医の問診を受ける。そして、従業員は、受診の際に健康管理台帳を確認することで、過去の自己の健康状態を確認することができ、かつ、問診の際に必要な指示を受けることができる。
産業医は、検診結果を確認し、必要に応じて再検査を指示するとともに、これらの検査結果を総合的に判断した上、従業員に対して必要な指示を与えている。さらに産業医は、従業員の健康診断の結果、就業上の配慮を行う必要がある場合には、その従業員の所属する部門の管理者及び安全衛生管理部門に状況を説明し、必要な措置を取っている。そして、右健康診断の結果は、従業員に通知される。
(2) 昭和五〇年度から昭和五五年度までの間、前記健康診断を行った被告の産業医である訴外飯島医師は、原告を高血圧症と診断し、要観察として、原告に血圧値の再検査を指示した。
(3) 原告は、昭和五四年九月から同年一一月まで、高血圧症の傷病名で被告静岡製作所の診療所を受診し、降圧剤の投薬を受けた(なお、これ以外に原告が高血圧症の治療を受けた事実を認める証拠はない。)。
(4) 昭和五六年度から被告の産業医を務めた清水医師は、昭和五六年度から昭和五八年度までの健康診断において、原告の血圧値が高かったことから、原告に健康診断以外の血圧値を尋ねたところ、原告は、献血時の血圧値は健康診断の血圧値より低い旨答えた。
清水医師は、原告を軽度の高血圧症と診断し、総合所見を「管理区分2」の要観察として、原告に日常生活上の節煙、節酒等を指示するとともに、血圧値を繰り返し計測し、血圧値に注意するよう指導した。
(5) 清水医師は、昭和五九年度の健康診断において、原告の血圧値の推移が芳しくない旨を指摘し、これまでの血圧値の測定結果をまとめて示すなどして、原告に血圧値に注意するよう指導した。
(三)(ママ) 以上の認定事実によれば、被告は、原告に対し、労働安全衛生法に基づく産業医による健康診断を定期的に実施したほか、被告の複数の産業医は、時期を異にして、原告に対し、高血圧症であることを指摘し、日常生活上の節煙、節酒等を指示するとともに、血圧値を繰り返し測定して血圧値に注意するよう指導していることが認められる(なお、原告は、被告の産業医は、原告に対して高血圧症であることを告げなかった旨主張し、これに沿う証拠、(<証拠略>)もあるが、前掲証拠に照らして到底採用することができず、原告の右主張は、理由がない。)。
(四)(ママ) ところで、証拠(<証拠略>、証人清水善男)によれば、清水医師は、原告の高血圧症について、降圧剤の投薬を不要と判断したほか、業務上の配慮も不要と判断したことが認められるところ、原告は、昭和五八年の心電図(<証拠略>)と昭和五九年の心電図の結果及び昭和五九年の胸部レントゲン写真の結果(<証拠略>)に照らすと、原告の高血圧症は、すでに高血圧症を原因とする心臓肥大が認められていた状態にあったから、清水医師は、原告に対し、降圧剤を投薬するとともに、被告に業務上の配慮を行うよう伝えるべきであった旨主張し、これに沿う証拠(<証拠略>、証人田尻俊一郎、同須田民男)もあるので、以下、この点について検討する。
まず、清水医師が、降圧剤を投薬しなかった点について検討すると、労働安全衛生法に基づく産業医による健康診断は、労働者に対し、当該業務上の配慮をする必要があるか否かを確認することを主たる目的とするものであり、労働者の疾病そのものの治療を積極的に行うことを目的とするものではないこと、高血圧症は、一般的に知られている疾病であり、その治療は、日常生活の改善や食事療法等のいわゆる一般療法を各個人が自ら行うことが基本であって(なお、原告が清水医師からこのような指示を受けていたことは前記認定のとおりである。)、右のような一般療法により改善されない場合には、各個人が自らその治療を目的として病院等で受診することが一般的であることに照らすと、仮に、原告の高血圧症が、当時、降圧剤の投薬を開始するのが望ましい状態にあったとしても、産業医である清水医師がこれを指示しなかったことをもって、直ちに産業医に過失がある、あるいは被告に安全配慮義務違反があるとはいえないというべきである。したがって、この点に関する原告の主張は、失当である。
次に、清水医師が、被告に対して業務上の配慮を行うよう伝えなかった点について検討すると、この場合には、少なくとも、原告の高血圧症が、原告が現に行っていた業務に照らし、業務内容の制限等の業務上の配慮が必要とされる状態にあったと認められることが必要となるところ、本件全証拠によっても、右事実を認めることはできない(なお、田尻俊一郎医師が作成した意見書(<証拠略>)と須田民男医師が作成した意見書(<証拠略>)によれば、原告の高血圧症は、業務上の配慮が必要とされる状態にあったとされている。しかしながら、これらの意見書は、いずれも原告が現に行っていた業務が、原告の主張するとおりのものであることを前提とするものであるところ(証人田尻俊一郎、同須田民男、弁論の全趣旨)、これが認められないことは前記1で説示したとおりであるから、右意見書は、いずれもその前提に誤りがあるといわざるを得ず、採用できない。そして、他に原告の高血圧症が、原告の現に行っていた業務に照らして、業務上の配慮を必要とする状態であったことを認めるに足りる証拠はない。)。
その他、被告に健康管理の懈怠の安全配慮義務違反があったとする原告の主張に即して検討しても、これを認めることはできない。
二 結語
以上によれば、本件疾病の発症について、被告に安全配慮義務違反があったとは認められないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 村主隆行 裁判官田中治は転勤のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 田中由子)